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傳統的觀念
 人或は言うであろう。「勿論、宗教的、道徳的、哲學的、法律的の觀念は歴史の進歩と共に變化した。けれども宗教、道徳、哲學、政治、法律等は此の變化をうけずに生きのこつていた。」
「おまけに、凡(あら)ゆる社會状態に共通の、自由とか正義とかいう永久眞理がある。ところが共産主義は永久眞理を抹殺してしまう。それは凡(すべ)ての宗教、凡ての道徳を新しい基礎の上に構成する代りに全然廢してしまう。だから共産主義は過去の一切の歴史的經驗と矛盾するものである。」
 此の批難を要約するとどうなるか? 過去に於ける一切の社會の歴史は階級對立の發展であつた。異つた時代に異つた形態をとつてくる階級對立の歴史であつた。
 けれども階級對立が如何なる形態をとつたにもせよ、社會の一部が他の部分に搾取されたということは過去の全歴史に共通の一事實である。だから過去の時代の社會的意識が複雜多樣な相を示しているにも拘らず、それは或る共通の形態或は一般觀念の中に動いているのであつて、これは階級對立が全く消え去らない限りは完全になくならぬということは怪むに足りぬ。
 共産主義革命は傳統的財産關係との最も急激な分裂である、故にその發展と共に傳統的觀念との最も急激な分裂が起るのは不思議でない…………マルクス。
 マルクスは社會主義に對する小ブルジョア的批難に對して七十餘年前に以上の如く答えた。マルクスにとつては一定時代の法律や道徳や宗教等は多かれ少かれ支配階級の利益を包藏している階級的偏見に他ならなかつた。而してこの偏見から完全に解放される爲めには階級のない社會をまたねばならなかつた。文學は法律、道徳、宗教、哲學と共に社會的意識の一形態、一要素である。そこで一時代の文學は多かれ少なかれ支配階級の階級的偏見に感染することは些(いささか)の疑いもない。而してこの階級的偏見のよつて來るところは、階級對立を生ぜしめる社會的生産關係に他ならぬことも疑問の餘地がない。文學と唯物史觀との關係はそこに潜んでいる。ところが小ブルジョア的「思想家」達は昔も今もこの明白な事實を受け入れない。
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